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若駒 3

 

三人の大男に取り囲まれたエオメルは自分が小人になった様な気分になっていた。

頭上から聞こえるグウィンドールの

「公子殿はお幾つになられましたか?」

という問いに、幾分緊張した面持ちで「13になりまする」と答えたエオメルに、トゥーリンが明るい笑顔を向けた。

「13と言うと、我等がボロミア様と初めてお会いしたのもボロミア様が13の折でしたな」

「そうなのですか」

エオメルの表情がトゥーリンの言葉で明るく輝いた。

「そうであったな、べレグ」

「ああ、あの頃は我等の方がボロミア様に見下ろされておった」

と笑うべレグにエオメルが身を瞠った。

「トゥーリン殿とべレグ殿がですか?」

グウィンドールが愉快そうに笑って言った。

「トゥーリンとべレグは入隊した頃はむしろ小柄だったのですよ、公子殿。

 ボロミア様にお目に掛かった15の頃より急に背が伸びましてな」

グウィンドールのその言葉に瞳をキラキラさせ、勢い込んで

「それでは私も大きく…丈高くなれましょうか?」

と尋ねるエオメルに、グウィンドールは穏やかな笑顔で言った。

「公子殿はお年の割に大きゅう御座いますから、そのうちボロミア様を追い越すやもしれませぬな」

“ボロミア様を…追い越す?”

エオメルは自分がボロミアの背丈を追い越した姿を想像してみた。

目の下で輝く甘い金の髪、自分を見上げる翠の双眸。

 “早く大きく、丈高くなりたい!

 セオドレド様の背丈さえ超える程!“

思い描くいつの日かの夢に、エオメルの胸は激しく高鳴った。

 

 

その頃客間では、執政家の嫡男とその父の憂いからも、金の髪の少年の強い憧憬からも遠く隔てられた口の減らない同士の不毛な舌戦が繰り広げられていた。

「それ程気に掛ける事もあるまい。

 所詮子共の言った事だ」

と黒髪の継嗣が呆れた様に言うのに対し、青い目の公子がすかさず言い返す。

「セオドレド殿、あなたが兄上に初めてお目に掛かったのはお幾つの時であられましたか?」

「ボロミアの大角笛継承式の折ゆえ14の時であったかと思うが」

「私は兄上と遠乗りに出ました13の折、兄上への抑えがたき思慕を自覚致して御座います」

「何が言いたい」

「セオドレド殿」

ファラミアの口の端に人の悪い笑みが浮かんだ。

「若駒と侮ってご油断召されまするな。

 すぐにも駿馬に育ちましょう程に」

ふ、とセオドレドもファラミアに負けぬ皮肉な笑みを浮かべた。

「手に負えなくなる前にその芽を摘めという事か」

「さて、芽を摘むとか摘まぬとか、何のお話で御座いましょう。

 私はローハンの貴重な若駒が無用な泥を被らぬ様、大切にお育てなさるが宜しかろうと申し上げたまで」

「小賢しいな」

「よく言われまする」

怜悧な瞳のままの笑顔でファラミアはそう言って微笑んだ。

「されど、これ以上同じ穴に貉が増えてはお互い心安くありますまい」

「確かに面白くはないが、駿馬であれば馬の司が扱いに困ろう事はない。

 むしろ大鷹の子を可愛らしい白鳥の子と見誤った事の方が手痛かったな」

「幼くとも鷹の子は鷹で御座いますれば。

 迂闊で御座いましたね」

「全く以って油断ならん。

 なれば確かに」

「幼くとも」

と二人が顔を見合わせた時、客間の扉が開き、和やかな笑い声と共にボロミアとエオメルが姿を現した。

 

振り向いた公子と継嗣の目に、頬を染めてボロミアを見上げるエオメルと、輝く笑顔を少年に向ける嫡男の姿が映った瞬間、青玉の瞳と黒曜石の瞳の奥に、同じ危険な焔が点った。

 

二人は同時に

「お帰りなさいませ」

「楽しそうな事だな」

と、背筋を凍らせる笑顔をエオメルに向けた。

 

二人ながらの彫像の如き美しい笑顔の中で、剣呑に光る視線に射抜かれたエオメルがたじろいで固った。

エオメルの背にじっとりと汗が滲む中、ボロミアだけがどこまでも清々しく、くしゃりと少年の金の髪を撫でていた。

 

 

幼くとも気持ちは誰にも負けません

ロヒアリムの少女はそう言った

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