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若駒 2

 

エオメルと連れ立って兵舎を訪れたボロミアはトゥーリンとべレグを見かけて声を掛けた。

「ボロミア様!」

と主に明るい笑顔を向けた、ボロミアより2才年長の二人の部下は大股でボロミアに歩み寄った。

ボロミアの前で立ち止まった二人を見上げて、エオメルは目を丸くした。

エオメルにとっては身長6尺余りのボロミアでも十分丈高いのだが、目の前の二人は揃いも揃って6尺を5寸は超すのではないかと思わる程の大男である。

この二人の前ではボロミアですら小柄に見えてしまう程である。

そもそもなぜかボロミアの周りにはボロミア以上の偉丈夫が多い。

従兄のセオドレドも6尺を優に超しているし、ボロミアの弟であるファラミアもまたそのセオドレドと然程変わらぬ背丈である。

何となれば、ボロミアの父であるデネソールからして6尺を超えている。

 

ボロミアが身近な男達に囲まれるとどうにもボロミアが華奢に見えてしまうのだが、実はゴンドール兵達はこの“大男達に取り囲まれる御大将”の姿を見るのを密かな楽しみにしている。

ゴンドール近衛師団の第1大隊を率い、剛勇で知られる大将・ボロミアは、戦場に於いては鬼神の如き勇猛果敢な偉丈夫であるが、一旦戦場を離れた時のボロミアは、実にその温かな笑顔と人柄で兵達の心を惹き付けて止まないのである。

“大男達に取り囲まれる御大将”の姿は、そんな兵等にますます執政家の嫡男を身近に感じさせ、第1大隊大将であるボロミアに親しみを感じさせるに充分な光景なのである。

兵等の中にはそんなボロミアの姿を見て「お可愛らしい」などと言う者までいて、偶々その光景を目にする機会に恵まれた兵等の間には伝令まで走り、皆こっそりその光景を見て笑い合うのが兵等の楽しみの一つになっていた。

 

ボロミアがトゥーリンとべレグにエオメルを紹介し、教練所を案内する旨を告げると、長身の上がっちりと筋骨逞しいトゥーリンが

「それなれば某が公子殿をご案内致しましょう。

 御大将自ら教練所においでになられては兵等が舞い上がってしまいましょう程に」

と申し出た。

「何を言っておる、そなた午後は非番であろう、帰れ、帰れ。

 新婚の妻に恨まれては敵わん」

そう答えたボロミアの横から「そうだ、トゥーリン、我が妹を粗略に扱うな」と乗じたべレグが、すかさず

「ご案内は私が致しましょう」

と買って出た。

身長こそトゥーリンを変わらぬものの、痩身のべレグはトゥーリンより更に丈高く見える。

「べレグ、そなたも非番ではないか」

と言うボロミアに「トゥーリンと違い気楽な独り身で御座いますれば」とべレグが答えかけたところに

「何を言うか、来月に婚儀を控えておる身で」

と、トゥーリンの声が飛んだ。

「我等朋輩の憧れの的を射止めておきながら聞き捨てならんぞ」

ボロミアは二人の会話を楽しげに聞きながら、わざとべレグに聞こえる様に悪戯っぽくエオメルに耳打ちした。

「大変な美女なのだ」

「ボロミア様っ」

冷静沈着そのものと言ったべレグが慌てて頬を染めるのを、トゥーリンがにやにや眺めているその光景が、エオメルには何とも楽しく、その輪の中に自分がボロミアと共にいられるのが嬉しく、ボロミアに耳打ちされた耳たぶが熱くなるのを感じながら、エオメルは目を輝かせて温かい嫡子の笑顔を見上げた。

 

その時三人の背後から

「随分賑やかですな」

と声が掛かり、皆が振り返ると、やはり長身で嫡子とその部下より幾分年嵩の、温厚そうな将官がそこに立っていた。

「グウィンドール」

「グウィンドール様」

「お生まれになったので?」

主と二人の部下に一斉に声を掛けられたボロミアの副官は苦笑した。

「明け方に生まれまして御座います。

 午前中お暇を頂いておりましたので、ご報告に上がりました」

「して、今度はどちらだ?」

主の問いに副官はにっこりとほほ笑んで

「女の子にて御座います」

と答えた。

「一男一女だな」

主もにっこりと返し、二人の部下も嬉しそうに頷いた。

「ご案内は私が致しましょう。

 よろしいかな、公子殿?」

トゥーリンとべレグ程ではないにしろ、やはり6尺を優に超えている事が見て取れるグウィンドールに、遥か頭上から穏やかにそう問いかけられ、エオメルは頬を染めながらこっくりと頷いた。

 

グウィンドールにエオメルの案内を頼んだボロミアは「後程迎えに参る」とエオメルに約し、副官の慶事を父に知らせる為、父の執務室に足を運んだ。

 

伺いも立てぬ訪問にも関わらず父は快く嫡子を部屋に招じ入れ、デネソール自身よく知った、気に入りの将官の慶事を喜んだ。

「お伺いも立てずの訪問申し訳ありません」

と詫びる嫡男に

「良い。

 慶事故構わぬ」

と父は鷹揚に笑った。

「今回はグウィンドールが私の副官になって初めての子です故、父上に良い名を付けていただきたくお願いに上がりました」

「相分かった。

 して、今度はどちらだ?」

「女の子だそうでございます」

「一男一女だな」

くすり、とボロミアは笑った。

「そなたの隊は慶事が続く」

「トゥーリンが妻を娶りましたばかりで」

「次はべレグか」

「来月にございます」

「ベルグは28であったか…」

雲行きの怪しくなった父の言葉に嫡男が口籠ると

「そなた、いくつになった?」

と、予想通りの父の問いが追い打ちをかけた。

「…26になりまするが…」

珍しく歯切れの悪いボロミアに、敢えて息子の顔を見ない様にデネソールが

「まだ…その気にはならぬか」

と問うた。

「父上…。

 いずれ咲く花もありましょうが、今はまだ古き花の根が枯れてはおりませぬ故…」

微かに翳る笑顔でそう言いった息子に

「よい、この話は終いとしよう。

 グウィンドールには明日の午後執務室に来る様伝えよ」

と、さり気無い気遣いを込めた声音でそう言った。

「ありがとうございます、父上。

 グウィンドールも喜びましょう」

ボロミアがその表情を過った翳を振り払い、いつに変わらぬ笑顔で部屋を辞するのを見遣る父の目が、微かに痛ましげな憂いに曇った。

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