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「王と執政の系譜」のこと

ここミナス・ティリスでは執政・エクセリオン二世大侯に待望の嫡男が誕生してそろそろ半年が過ぎようとしている。

都の内でもこの第一階層にまで若君の様子が伝えられる様になり、民の間では若君が癖のある黒髪の持ち主である事が知られるところとなった。

それを受け、今私がいるこの場末の酒場でも、店の片隅で既に数人“賭け”に勝った者が金を受け取っている様子が見て取れる。

執政家といえば美形の家系で有名であるが、同時に少子の家系としても知られている。

歴代の執政は多くて二子、三子以上儲けた者がなく、男子となると二男以上はない。

それ故これまでも第七階層から執政の奥方懐妊が報じられる度、下層階ではしばしばその性別が賭けの対象になってきた。

しかし今回の様に嫡男の頭髪に癖が在るか否かが賭けの対象となった事はこれまでの歴史にない。

そもそも統治する執政の初代であるマルディルの嫡男以降、現執政エクセリオン二世大侯に至るまで、24代に亘るゴンドールの執政は、皆例外なく“癖のある黒髪”の持ち主なのである。

このため民の間では、長らく執政の系譜といえば“白皙”“灰色の瞳”“癖のある黒髪”と、認識されていた程なのだ。

それが今回異例とも言える嫡男の頭髪の“癖”を賭けの対象とした事については、どうもこの春先から俄かに民の間で広がり始めたある噂が要因ではないかと考えられている。

起因となったその噂とはこうである。

 王なき執政、真の執政に非ず

 白き都に真の執政生まれし時

 名にし負う王は還り来て

 空しき玉座に迎え入れられん

在野の民から齎されたこの噂は、若君誕生と時期が重なった事もあり、王都の内に急速な広がりを見せた。

下層に住む民に娯楽は少ない。

彼らにとって執政家に誕生した嫡男の話題は数少ない娯楽の種である。

執政家の嫡男誕生で僅か乍らに懐を温めた賭け事師達にとっても、その噂は新たな稼ぎを算段する格好の材料となったのであろう。

“誕生した嫡男が真の執政であればゴンドールに王が還る”

流石にこれでは賭けの対象にはならないが、嫡男が“真の執政か否か”を賭けの対象にする事は出来ると、彼らは踏んだものと思われる。

但しその際問題となるのは“真の執政”を如何にして判断するかという事である。

そこで賭け事師が目を付けたのが、どうやら噂の中の文言“名にし負う王”の件であった様である。

ゴンドールの民等の間で“名にし負う王”と言えば、まず次の三名の王が挙げられる。

“中興の祖”と言われ、ゴンドールに執政を置く事で今日に至る政の礎を築いたミナルディル王、ペラルギアの海賊どもからウンバールを奪還し“ウンバールダキル”の尊称を戴くテルメフタール王、そして北方遠征を含め二度までもアングマールの魔王と戦ったエアルヌア王である。

この三名の王に共通するのが王とは切っても切り離せない固い絆で結ばれた執政を持ったという事である。

即ちミナルディル王の執政であり、今尚“フェア・メイル・フーリン”の愛称で有名な初代執政フーリン、そのフーリンの直系として初めて、王自身の任命に拠り家名を以てその職責を負ったテルメフタール王の執政サエルカム、そして初代“統治する執政”でもあり、尚且つ執政家としてあくまでも王の帰還を待つ事を宣して玉座を退け、王に対する忠義を通したエアルヌア王の執政マルディル、の三名である。

この三名はゴンドールの民にとってまさしく“真の執政”であり、今も三名の王と共にゴンドールの民等の敬愛を集めている。

そしてこの三名の執政は、歴代の執政の中で僅かにこの三名にしかない共通の特徴を有している。

それが“癖のない真っ直ぐな髪”なのである。

それ故エクセリオン二世大侯の嫡男が“癖のない真っ直ぐな髪”の持ち主であれば、若君は“真の執政”になる、というのが賭け事師達が考え出した賭けの種だ。

勿論執政家に誕生するのが男児か女児かなどという、半ば祝い事の余興として上層階からも目溢しを受ける賭けとは違い、今回のこの賭けは上層階の耳に入らぬ様、今私がいるこの場末の酒場の片隅の様な場所や、路地の物陰で密かにやり取りされた。

しかし賭けと言うものは、その様にやり取りされる方が民の間では興が増す。

一部西方の血に拘泥する諸卿等の夢物語に過ぎなかった“還る王”の幻想は、この賭けと共に民等の間で野火の様に広まっているのである。

私自身はこの噂には懐疑的なのだが、それと言うのもこの賭けに因って“若君は真の執政ではない”との印が捺された事で、ここのところ執政家の嫡男への、民の期待が心なし萎んでいる様に見受けられるからだ。

これを反執政家の諸卿が若君を陥れようと画策した陰謀だと考えるのはうがち過ぎだろうか。

しかし私の個人的見解で言えば“真の執政”を“癖のない真っ直ぐな髪”という条件だけで一括りにしてしまうのはどうにもこじつけとしか思えてならない。

前述した三名以外の執政にしたところで一概に“癖のある黒髪”といっても様々で、きつい巻毛から緩く波打つ癖毛まで、括り方でどうとでも言えるのだ。

その点では前述の三名の王は、確かに三名共、日焼けした浅黒い肌に緩く波打つ黒髪、そして灰青色の瞳、という共通した身体的特徴を有しており、それが“名にし負う王”の証とも言えるだろう。

だが前述の三名の執政に関しては、執政家の人間に共通する白皙以外、癖のない真っ直ぐな髪の持ち主だったとは言え、フーリンは灰色の瞳に黒い髪、サエルカムの場合、瞳は灰色であったが髪の色は父方の血統である金色で、マルディルはと言えば黒髪ではあっても瞳の色は母方の血を継ぐ碧色であった、と歴史の書にも明記されている。

寧ろ三者三様と言ってよい。

どうもこの点に関しては、敢えて言及していない、もしくは黙殺されている様に、私には思えてならないのである。

とは言え若君が癖のある黒髪の持ち主であった以上、若君デネソール殿が成長し執政を継ぐ頃までに、何処からともなく王位を要求する者が現れでもせぬ限り、いずれ遠からずこの手の噂は民等の記憶から失われるだろう。

ただ私自身としては、もし万が一、いずれの後にか、日焼けした浅黒い肌に波打つ黒髪、灰青色の瞳を持った者が王位を求めてこのゴンドールに現れた時、執政家に癖のない金の髪と碧の瞳、透ける様な白い肌を持った嫡男が生まれていたならば、その時にこそ“名にし負う王、執政の許に還る”という“王と執政”の数奇な系譜の縁を語りたい、と夢想するのである。

 

 

 

 

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