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未明(前) 1

 

2993 ドル・アムロス

 

 

見下ろす自分の目の中に、甘い蜜色の髪と深い翡翠色の瞳が映り込んでいる。

自分のものとは思えない大人の声で、私はその美しい人の名を呼ぶ。

私を見つめる翡翠の瞳がゆっくりと閉じられる…。

 

 

ぱちり、とファラミアは目を開けた。

何か夢を見ていたような気がするが、その内容は思い出せない。

ごしごしと目をこすったファラミアはむくりと起き上って部屋の中を見回す。

夜明けには程遠い未明の闇が部屋を満たしていたが、ファラミアは構わずベッドから降りると、まっすぐ北に向かう窓へと向かって裸足のまま冷たい石の床を歩いた。

 

足台を使って高い窓枠に手をかけたファラミアは薄く窓を開け、このドル・アムロスからは遥か北東、兄がいるはずのカイア・アンドロスの方角を見つめる。

「兄上…」

厚い雲に星の瞬きすら閉ざされた闇の夜に、ファラミアの呟きは吸い込まれてゆく様だった。

 

昨年まで5歳年長の兄・ボロミアは折に触れ、自分に会う為、このドル・アムロスを訪れてくれていた。

しかし慣例に倣い15になるとともに初陣したボロミアは、今年になってからはまだ1度もドル・アムロスを訪れる事がなかった。

 

その分兄からは何通もの手紙が届き、ファラミアはそれらの手紙を暗唱するほど何度も繰り返し読んでは、兄のいる白き都の方角を眺めやった。

今回のカイア・アンドロスへの遠征も3日前に届いた兄の手紙で知った。

 

武人としての兄の才は、やっと10を数えたばかりのファラミアにも分かってはいたが、それでもファラミアは不安でならなかった。

出来るものなら、森の木立を映した湖水の様な兄の碧の瞳と、晴れた日の日の陽射しの温もりを含んだ様な黄金の髪を間近に見て、兄の輝く笑顔で笑いかけて欲しかった。

「兄上…。

どうか御無事で…」

いくら目を凝らしても見晴るかす夜空に深まるばかりの闇に向かって、ファラミアはそっと祈りを込めて呟いた。

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