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未明(後編) 5

 

朝食の場に現れた侍従に告げられた時刻丁度、ファラミアとイムラヒルは謁見の間に通された。

出迎えたデネソールは型通りにファラミア帰城の許諾を与え、イムラヒルには息子に対する長き養育の労を労う謝辞を述べた。

形式的な謁見が終わると、デネソールはつと席を立ち、東に向かう窓辺に歩み寄り窓外を見遣った。

「ドル・アムロスでは奥方が3人目を懐妊したそうだな」

突然の思いがけない言葉にイムラヒルは虚を突かれ咄嗟に言葉を失った。

「されば公には、急ぎドル・アムロスに戻られよ」

「義兄上」

「そなたの敏き耳ならばすでに気付いていようが、このミナス・ティリスは本未明より戦闘状態に入った」

ごくり、とイムラヒルは息を飲んだ。

「オスギリアス防衛に1個中隊を出陣させたが、敵との数は拮抗するであろう。

 目算通りであれば夕刻までに勝敗は決しようが、今は客人のもてなしに割く時はない」

「もてなしなど…戦時であれば私も共に」

「いかん!」

デネソールの思いがけない剣幕に、イムラヒルは二の句が継げなかった。

「それは許さぬ。

 懐妊した妻の元に無事戻るが、今はそなたの務めであろう」

「義兄上…」

「ローハンから献上された馬を用意した。

 ここまで乗って来た馬は置いてゆくがよい。

 ローハンの馬は脚が速い」

返す言葉の見つからぬイムラヒルではあったが、傍らで小さくなって俯いているファラミアに気付くと、漸く一言だけを口にした。

「ボロミアは…」

「第1小隊を率いて出陣した」

大侯の言葉はにべもなかった。

「あれが自ら志願し、予もその必要を認めた故許した」

顔色を失くしたファラミアの顔を見ずデネソールは続けた。

「あれは、二度と再びかの敵の手により、我らがゴンドールの民を唯の一人たりとても失わせまいと自らの心に誓うておる」

デネソールは厳しい目を東の空に向けたまま、ひとり呟く様に言った。

「だがあれは死なぬ。

 執政家を継ぐのはボロミアだ。

 予がボロミアを死なせはせぬ」

ファラミアは顔を上げ、父の肩越しにオスギリアスを望む東の空を見上げた。

イムラヒルとファラミアとデネソールは、3人それぞれの思いを込め、厚く雲の垂れ込めた東の空を見つめた。

 

謁見後イムラヒルは時を待たずドル・アムロスへの出立の準備を整えた。

時下、出立の儀は簡略された為イムラヒルは執務室に大侯を訪ね帰郷の言を辞した。

それを聞いた執政は筆を動かす手を止め、執務机から立ち上がると、イムラヒルの前に進み、真っ直ぐに大公の目を見て言った。

「そなたには執政としてではなく父として言う。

 我が公子に対する長きに渡る誠意、心から礼を申す」

「義兄上…」

イムラヒルは思わずデネソールの手を取った。

デネソールは一瞬何が起こったか分からぬという顔で唖然と自分の手を取るイムラヒルの手を見詰めた。

イムラヒルは構わず両手に力を込めると

「どうかいつまでもご強健で…」

漸くそれだけを口にした。

 

帰郷の支度を整えたイムラヒルを第6層まで見送りに出たファラミアは、涙を堪えて叔父の顔を見上げた。

「どうか道中ご無事で。

 奥方様やエルフィア、エアヒリオンにもよろしくお伝え下さい」

イムラヒルは膝を着いてファラミアと目線を合わせると、じっとその目を見詰め、それからしっかりとファラミアをその胸に抱き締めた。

ファラミアもまた、その小さな腕に力を込めて、叔父の背を抱き返した。

暫く後、体を離しファラミアの顔を覗き込んだイムラヒルは

「どうか覚えていておくれ。

 そなたに火急の難あれば、私自ら、ドル・アムロス全軍を率いてでも馳せ参じよう。

 そなたもまた私の息子だ」

「叔父上…」

青い瞳一杯に涙を溜めたファラミアの頭を撫でて、イムラヒルは笑った。

「何を泣いておる。

 これからはいつも兄上と共にいられるのだぞ」

ファラミアも涙を耐え、努めて明るく答えた。

「はい。

 これからはこのファラミア、常に兄上のお傍におります」

イムラヒルはにっこりと笑い、ひらりと馬上に身を置くと

「ではさらば。

 いずれまた相見える時まで」

そうファラミアに告げ、馬首をドル・アムロスに巡らせた。

「叔父上もどうかお健やかに」

ファラミアもまた遠ざかる叔父の背にそう告げると、その背が見えなくなるまで、いつまでもイムラヒルの後ろ姿を見送った。

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