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幾度も君の命愛で

あの“大いなる年”以降、この季節になるとゴンドールの民は“彼”の愛した草花や甘い菓子を、母なる大河アンドゥインの川岸に供える。

今では川岸を埋め尽くす夥しい数の供物は、この季節の風物詩になってさえいる。

 

「ゴンドールでは誰もが皆、あんたが母なる大河アンドゥインの流れに乗って、愛するこの祖国に還ったのだと信じて疑わないからな」

そう呟いたエレスサールは、闇の森だけで採れるという甘く熟した果実を包んだ常緑の葉と、赤く艶やかな二つの林檎を横目で見て苦笑を洩らした。

ご丁寧にも林檎の一つは齧ってある。

齧ったのは恐らくホビット庄から来た二人組の内の一人だろう。

一見粗忽者の様に思われがちだが、あのホビットは、どうしてなかなか侮れない。

小さき者・弱き者を人一倍大切に思う“彼”の気持ちを巧みに惹き付けて、まんまと好意を得てしまったのだから。

「とはいえ」

と言いながら、エレスサールは手製の木箱を供物の中に置き

「今となっては皆同じ立場だがな」

そう甘い香りを漂わせる茶色の液体が入った陶の器を指先で弾いて、エレスサールは一人そうごちた。

“いずれ…。

 そう思っていたのはそなたも同じだろう?“

 

だが

“いずれ”

はなかった。

 

“エルフ達の間で育った私には『限りある命』というものの、本当の尊さが分かってはいなかった”

 

 我が兄弟

 我が将

 我が王

 貴方に付いて行きたかった

 

“あんたのその言葉がどれ程の夜、この胸を切り裂いただろう。

 私は最も大切な愛しい命がこの掌の内から零れ落ちていく時、初めて自らの為すべき事に気付い大馬鹿者だ“

木箱を開いて取り出した砂糖菓子を、エレスサールはアンドゥインの水面に向かって高く放り上げた。

 

“愛する苦しみも限りある命の貴さも、全てあんたが教えてくれた。

 あんたの命が今の私を作ったんだ。

 これから先幾度も、私はこの命尽きるまで、あんたが教えてくれたこの命の尊さを愛でるだろう。

 決して消え去る事のない悔恨の痛みと共に“

 

アンドゥインの水面に落ちた砂糖菓子がさらさらと流れに溶けてゆく様を、エレスサールは冬の日の、冴え冴えとした空気の中で、いつまでもいつまでも眺め続けていた。

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