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宿業 6

 

審議会の場に現れた、執政家第2公子の姿を目にして騒めく重臣達をぐるりと見渡したファラミアは、腹の底で”ふん”と冷笑した。

“武具商と癒着した利権漁りどもか”

 

国防の予算と一口に言っても内容は多岐に渡る。

しかしその中でも最も多く予算の割合を占めるのは武具購入の予算である。

ミナス・ティリスの近衛正規軍は延2500。

各地に配された遊軍に予備役、有事に召集する志願兵も含めれば潜在的兵数は3000を下らない。

彼等の武具は全て国の支給品である。

それらの武具は予備品を含めれば常時5000からの準備をしておく必要があるが、武官達に彼等が装備する武具の値が知らされる事はない。

身に帯びる剣や鎧の値を気に掛けていては兵は戦場に出られぬからだ。

兵の命に値は付けられぬのだ。

 

重臣達がそこに付け込んでいる事を、この執政家の第2公子は知っていた。

 

議会出席承認書を示したファラミアは

「折良く都に戻っておりました故、私も執政家に生まれた者として後学の為、議会を傍聴させて頂けます様、大侯にお許しを頂いております」

そう、未だボロミア廃嫡を諦めぬ重臣達に向けファラミアは殊更にっこりと微笑んだ。

第2公子の腹の内を知らない重臣達は互いに目配せを交わして狡猾な笑みを浮かべると

「それは誠に結構な事と存じます」

と白々しく頭を垂れた。

それ故その時、ファラミアの微笑んだ口の端が冷たく持ち上がった事に、誰一人気付く者はなかった。

 

ファラミアが執政の第2継承権を主張する形になった事で、ファラミア擁立を目論む西方派の重臣達はこれぞ好機とばかり異議を申し立てる事なく、安易にファラミアの議会出席権を容認した。

しかし実のところ、これはボロミアを議会に召喚した重臣達の狡計と表裏を成すファラミアの鬼謀である。

重臣達がファラミアの議会出席権を認めた瞬間、重臣達はファラミアの議会出席を拒否したくとも拒否すべき合理的口実を失ったのである。

これ以後ファラミアが文官の召集する議会出席を申請し大侯が承認しさえすれば、重臣達がファラミアの議会出席を拒否するどの様な理由を付けようと、それは全て言い逃れにしかならないのだ。

これは謂わばボロミアを陥れようとした重臣達に対するファラミアからの意趣返しとも言えるものだが“それがどうしたというのだ”とファラミアは思う。

きんと冷えた冬空の様な目で、あくまで西方の血に拘る重臣達に目を遣りながら“ふふん”と胸の内でファラミアは彼等を嘲笑った。

“それが何程愚かな考えか、これから嫌という程思い知らせてくれよう”

 

議事が始まると程なくして、西方派の重臣達に対し改革派の文官達は武具商との癒着を指弾し、議場は得るもののないその無益な論戦で荒れた。

だが重臣達が武具商と結託して武具の値を不当に吊り上げている事実について事前に掴んでいたファラミアにとって、これは予測していた事態である。

 

無論いかなファラミアといえど、ヘンネス・アンヌーンからミナス・ティリスに戻るまでの間に重臣達の不正を一から調べ上げていた訳ではない。

ファラミアにも本来成すべき任務はあり、議会対応だけに注力出来る訳ではないのだ。

第1自ら調べずとも西方派の不正など、改革派が躍起になって探っている。

改革派の文官達にとって議会の場は、その議題の趣旨に関わらず、まず第一義の目的は西方派の不正を暴く事なのだ。

しかし重臣達の不正を糾弾する事が目的ではないファラミアにとっては、改革派の掴んでいる情報を入手しさえすればそれで事足りる。

不正の確たる証拠などなくとも、要はその不正が確かな事実でありさえすれば後はどうとでも料理出来るのだ。

だが改革派の文官達にその柔軟さはない。

それ故ファラミアの予測していた通り、西方派の重臣達は、糾弾する改革派の抗議を言葉巧みに、のらりくらりと躱していた。

 

不毛だ、とファラミアは思う。

それは論争が議題から逸脱していると言うだけでなく、生産性のある帰結を見る事のない議論そのものが不毛だという事だ。

ファラミアから見れば改革派も視野狭窄である。

西方派の不正を暴く事に血眼になる余り事の本質を見失っているのだ。

確かに重臣達は武具の値を不当に吊り上げ余剰の利潤で私腹を肥やしてはいるが、武具商を統括する同業者組合の創設趣旨である大量生産、大量受給の為の一定の水準を保つ義務は果たしており、価格の安定も守られている。

ただその価格が武具の適性価格を大きく上回っているというだけの事だ。

そして問題の本質は、文官達の中に武具の適性価格を正確に把握している者が誰もいないという事であり、その為重臣達の胸先三寸でどの様にでも価格操作が出来てしまうというところにあるのだ。

ではそう言うファラミアが武具の適正価格を逐一把握しているかと言うと、全く以て把握などしていない。

そもそも数多ある武具の適性価格をファラミア個人が全て把握するなど不可能な事なのである。

 

例えば革鎧一つ取ってみても、近衛正規軍の支給品となれば獣皮を鞣すだけでは済まない。

皮革を鞣した上蝋で煮て硬化させ、強度を補強する為鋲を打つ事もある。

その加工の工程毎に手間賃が発生し、原材料である獣皮の種類やその獣皮を煮る蝋の質、補強用に打つ鋲の素材によっても売値が変わる。

革鎧一つの大雑把な相場観だけでこうなのだ。

防具だけ取ってみても一式となれば頭部には兜、胴回りは胸甲と背甲で構成される胴鎧、足回りに膝当と脛当、足甲、腕回りとなると肩当、肘当、腕甲、手甲、更に歩兵用にはフォールドやタッセル、騎馬兵であれば面頬や胴当が必要となる事もある。

無論これで全てではなく、胴着であるダブレットや鎖帷子、小物の類まで数え上げればきりがない。

それら全ての加工工程毎に掛かる費用や素材の時価相場、極端な言い方をすればダブレットを縫うお針子一人一人の給金までもが防具一式の代価に関わるのだ。

 

軍の指揮に立つ武官の将が武具の適性価格を把握する為にと、それらの詳細な数値を知る必要がどこにあるというのか?

ゴンドールの国政が文官、武官それぞれ独立した機関としてある所以である。

軍の指揮官が把握せねばならないのは議会に予算申請する際の武具の状態や糧食の備蓄状況、薬剤の在庫数などであってその値ではない。

同様に大侯が予算審議会に出席しない所以もそこにある。

予算承認の権能を持つ大侯がその職に課せられた責は国政を大局的に捕らえる事であり、大侯に求められるのはお針子の給金が適切な額か否かを判じる事ではなく、国庫に占める国防予算の割合が適切か否かを判じる事なのである。

 

勿論国防の予算に関わる審議である以上出席を要請されれば拒否出来るものではないが、かと言って軍司令であるボロミアが出席せねばならない必然性も、また、ない。

そうと知った上で重臣達が審議会にボロミアを召喚した故のひとつには、改革派の追求を見越した上で、その矛先を躱す狙いもあるのだろうとファラミアは見ている。

 

改革派の追求が厳しくなった頃合を見計らってボロミアに水を向ければ、文官等の議事に不慣れなボロミアが対応に窮するであろう事は想像に難くない。

そこに乗じてボロミアの不見識を責め立てれば、改革派の文官達には重臣の糾弾どころないのは自明である。

ボロミアの擁護に回り、不正の追求などは有耶無耶の内に雲散霧消するであろう事を当て込んでいる。

 

文官達のうんざりする様な論戦を聞き流しながら、ファラミアは隣に座るボロミアの横顔にちらりと視線を走らせた。

思った通りボロミアは、幼少の頃机を並べて伝承学の講義を受けた時の様な険しい表情で、文官達の論争に眉根を寄せている。

その表情が少年の頃のボロミアを思い起こさせ、ファラミアは思わず頬が緩んでしまう。

そっとボロミアに身を寄せその耳元で

「何やら論点が議題とずれている様に思うのですが」

と囁くと、ボロミアの肩からほっと力が抜ける。

「そなたもそう思うか?

 私も先程からその様に思っておったのだが、文官達の議会の事であれば、これが定常的なものなのかどうか判じかねておったのだ」

当惑した表情でそう言うボロミアはやはり少年の頃の面影感じさせる。

ファラミアの目にそれはひどく可愛らしく映った。

「私もその様に感じておりました故、重臣達に質してみましょう」

微笑んで言う“弟”に

「質すのは構わぬが…」

と、ボロミアは気遣わし気な眼差しを送った。

事前審議での重臣達の様子が脳裏を過ぎったのだろう。

ファラミアは“兄”のその視線に笑顔で応え、そうする必要など全くないにも関わらず、耳元を唇が掠める程ボロミアに頬を寄せ

「ご心配には及びませぬ」

と僅かに甘さを含んだ声で囁いた。

“貴方に仇成す者など、返り討ちにしてくれましょう”

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