がんばれ!ファラミア
~執政家に首ったけ~
「獅子髪王と金の薔薇」のこと
今日ゴンドールで執政と言えば、それは即ち国政を司る為政者と同義と認められているのであるが、しかしそれにも係わらず、ゴンドールの国人にとって執政とはあくまでも“王の執政”であり、それは例え今日の如く、玉座に王不在の時であろうと変わる事はない。
ゴンドールの国人達にとってのこの認識の所以となっているものが、ゴンドールの歴史に今も残る“王と執政”の深い縁を示す数々の逸話である事に疑いの余地はない。
しかしゴンドールの長い歴史の中で、ゴンドールの王宮に初めて執政を置いたミナルディルはゴンドール第25代の王であり、アングマールの魔王と剣を交える為に都を出たエアルヌアが消息を絶った後、統治権を持つ執政が現執政エガルモスまで、既に18代を数えている事を考えれば、王と執政が玉座の間に並び立った時期というのは、僅か九代の治世のみである。
決して多いとは言えぬその僅か九人の王の中で、特に“王と執政”の関係に鮮烈な印象を残した王が、ゴンドールには三名ある。
まず前出のミナルディルとエアルヌア、そしてウンバールの海賊からペラルギアを奪還した功に依り、ウンバールダキルの尊称を贈られたテルメフタール王その人である。
ミナルディルより三代後の後継であるこの王は、歴代の王達の中でも特に異彩を放つ逸話が多い事で知られている。
彼の父であるタロンドールが、オスギリアスからミナル・アノールに都を移した以外に特筆すべき事のない、温厚さのみで知られる王であった事を鑑みれば、息子であるテルメフタールは、父王とは全く似た処のない太子であったと言えるであろう。
この太子は極幼少の頃より非常に利かん気が強く、一度言い出すと決して引かず、こうと思ったら最後、人の言葉に耳を貸さぬ大変に頑固な気質の持ち主だったようである。
その為太子の周りに仕える者達の中には振り回される者が多く、父であるタロンドールも息子の扱いには手を焼いていたと歴史の書には記されている。
太子のこの気質には、タロンドール王の妻であった王妃の気質が大きく係わっているのだが、この王妃がまた、曰く因縁のある大変に気丈な女性だった様なのである。
実はこの王妃、「大剣委譲」の伝承で名高いブロンウェ海軍長官を祖父の兄に持っており、その古き家門の誉に依り取り潰しの処断を免れた家の名に、強い矜持を抱いていたと言われている。
彼女のその気質や出自の為という訳でもないのであろうが、何事につけ消極的であったタロンドールと王妃の間は、不仲とは言わないまでも、特段夫婦仲が良かったという訳でもなかった様で、一子である嫡男を儲けた後の王妃は、しばしば側近だけを伴い都を出ては海を望む国へと外遊したようである。
女性が家から出る事さえ稀であった時代にこれは、特筆すべき事だと言えよう。
テルメフタールがこの王妃の血を濃く受け継いだであろう事は間違いないが、王妃自身にもその思いはあった様で、彼女はこの息子を溺愛した。
太子がまだ物心もつかぬうちより、彼女はしばしばその腕に太子を抱いて航海する船の舳先に立ったという。
母の腕の中で潮風に吹かれて育ったテルメフタールは、海を愛する心や気質だけでなく、容貌ももた王妃の血を濃く受け継いだ。
ゴンドール歴代の王達は、総じてゴンドール人の平均より長身であるのだが、その中でテルメフタールのみが平均よりやや小柄である。
これは母方の血統が軒並み小柄である事の現れであると思われる。
更に波打つ黒髪が非常に豊かで癖が強かったところも母方の血筋である。
この癖の強い豊かな黒髪は、テルメフタールが長じた後、航海の際舳先に立つ小麦色に日焼けした彼の顔の周りで潮風に吹かれる様が獅子の鬣の如くに見えるというところから、即位した後彼は“獅子髪王”の異名を取る事となる。
その“獅子髪王”テルメフタールは、崩御の際棺に二房の髪の束を入れさせた。
その二房のうち、癖の強い栗色の巻き毛は彼の母の遺髪である。
テルメフタールの母である王妃は、彼が六歳を迎えるという日を前に航海中の事故で亡くなったのだが、彼は母の側近が持ち帰ったその遺髪を、生涯肌身離さず持ち続けと言う。
そしてもう一房の髪の束、色の薄い金の髪の持ち主こそ、彼の執政であったサエルカムである。
テルメフタールが母君以外で唯一頭の上がらなかったとされる人物がこのサエルカムなのだが、王と執政の関係という点で、この二人はしばしば歴史家達の間で物議をかもす議論の的となっている。
彼等の関係にまつわる伝説的な逸話の中にはあらぬ憶測を呼ぶ突飛な内容のものが少なくないからだ。
大方の史家達はこれについて、テルメフタールという非常に個性の強い王の、特異な言動が大仰に伝えられて後世に残された為、史実とは異なる伝承となっているからであろうという見方をしている。
だが、女性史家達の多くは違う見解を持っている。
今日においてもこの中つ国に女性の史家とは数少ない存在であり、彼女達の見解に重きを置かれる事は稀ではあるが、しかし彼女達の努力によって公にされる事なく埋もれていた史実のいくつかが見つけ出されたのもまた事実である。
先般明らかにされたテルメフタールとサエルカムの出会いを語る逸話も、埋もれた歴史の中から彼女達が見出したものなのだが、この出会いがまた伝説的だ。
その出会いとはこうである。
彼等が出会ったのは太子が母君をなくて間もまくの頃、今日のゴンドール人の年齢に換算したて太子が六歳程の頃の事である。
元々利かん気が強く強情であった太子は、唯一素直に耳を傾ける事の出来た母を失い荒れていた。
荒れる息子にほとほと手を焼いた父王は、彼自身の執政であったレンディオンの嫡男を息子の守役に充てる事とした。
当時その嫡男は今のゴンドール人で言うところの21歳程の年齢であり、温厚で忍耐強く、丁度第一子となる男子を儲けたばかりであった為、太子の守役としては適任だと思われたのだ。
しかし太子はこれを拒んだ。
父王が執政の嫡男を息子に引き合わせようというその日、太子は人影のない王宮の裏門から、城壁をよじ登り城の外へ抜け出そうとした。
その時太子のその背に「そこな童」と、涼やかな声が掛けられた。
「童とは予の事か」
塀の上でくるりと向きを変えたテルメフタールは、塀の下から太子を見上げるすらりと丈高い美丈夫に向かってそう言った。
「そちは予の顔が分からぬか」
不貞腐れた表情で踏ん反り返る太子にその麗人は、艶やかに微笑んだという。
「見たところ太子様に大層よく似ておるが、太子様であれば盗人の如く壁を越え、城外へ逃れようなどとは致すまい」
彼のその言葉を聞き、耳までかっと赤くしたテルメフタールにその麗人は
「王者の門より出でぬ者、再び王者の門より入らずと申します。
何れ王者とおなり遊ばされる御方であらば、如何なる由のあろうとも、常に堂々と王の門よりお出まし為されませ」
そう嫋やかな微笑みを湛えて言い残すと、白い長衣の裾を翻して立ち去ったと言う。
その背をぽかんと見送ったテルメフタールは、はっと我に帰るや否や、太子を探して大騒ぎとなっていた王宮に取って返し、父王に向かってこう言い放った。
「父上!私は私の執政を見つけました!」
その佳人が、後に太子の言葉通り彼の執政となったサエルカムである。
幼い頃より神童と謳われていたサエルカムは、その頃ドル・アムロスに住む老師に師事していたのだが、その日は師の使いとして叔父であるレンディオンを訪ねていた。
太子の言う麗人がそのサエルカムである事が容易に察せられた為、すぐさま彼は控えの間から王の許へと呼び出された。
太子は彼の顔を目にしたその瞬間「この者こそ我が執政だ!」と破顔したのだが、タロンドールはレンディオンの嫡男を、守役からいずれは息子の執政にと考えていた為困惑した。
だが結局、「この者の他に我が執政はなし」と、サエルカムの長衣の裾を掴んで離さぬ息子に父王が折れた。
但しこのサエルカムという人物、外見こそ祖父である初代執政フーリンの再来と言われ、“フェアメイル・オブ・フーリン”と呼ばれる嫋やかな美貌の持ち主であったものの、身分の上下、老若男女を問わない歯に衣着せぬ舌鋒の鋭さで名高く、タロンドールは、当時37歳という、今のゴンドール人の年齢にして15歳というこの若き俊英が、息子と上手くいくものだろうかと懸念した。
しかし父王の懸念に反し、テルメフタールはその怜悧で辛辣な守役を片時も傍から離さぬ程慕い、執心ぶりは寧ろ年毎に増しさえした。
何しろ人の言う事に耳を貸さぬ傍若無人なテルメフタールが、この守役だけには頭が上がらず、サエルカムが「お聞き分け頂けないのであればお暇を頂きます」と言えば、たちどころに大人しくなったと言うのである。
彼等のその関係はテルメフタールが成人し、サエルカムが守役から側近、副官と変わっても、変わる事はなかったと言う。
何時如何なる場合であろうとも、テルメフタールは常に自らの傍らにサエルカムが在る事を求めた。
そのテルメフタールはまた曾祖父であるミナルディル王に心酔しており、ミナルディル王を殺害したウンバールの海賊からベラルギアを奪還し、亡き王の仇を討つ事を悲願としていた。
その為太子は極年若い頃より、しばしば偵察を兼ねペラルギア近海まで船を進めたのだが、その際にも舳先に立つテルメフタールの傍らには常にサエルカムが寄り添っていたという。
潮風に靡く波打つ黒髪、潮焼けした小麦色の肌、嵐の前触れを含んだ夏空を思わせる灰青色の瞳を持つ太子の傍らに立つサエルカムの姿をして、いつの頃からか人は、彼を“白の木の君”と呼ぶようになった。
その所以はと言えば、サエルカムが一際すらりと長身であった事に加え、フーリン家の血筋である透ける様に滑らかな白い肌に明度の高い灰色の瞳、父方の血統である絹糸の如くしなやかな色の薄い金の髪に白い長衣を好んで身に着けた為、殊更その白皙が際立ったからという事であったようだ。
しかし皆が口を揃えて“白の木の君”と呼ぶサエルカムを、テルメフタールだけが“金の薔薇”との愛称で呼んだ。
テルメフタールはこの愛称でサエルカムを呼ぶ事を好み、事ある毎に「我が金の薔薇」とサエルカムを呼ばわった。
だが呼ばれたサエルカムはこの愛称を好んでおらなかった様で、「我が金の薔薇」と呼ばれる度、実に厭な顔をしたという記録が残っている。
この記録には一つ、「金の薔薇」と呼ばれて嫌がるサエルカムの顔を見る事を、太子が非常に喜んだとする余談もある。
しかし実のところこれには、テルメフタールが太子の頃、自ら太子旗の旗印として考案したという“金の薔薇を咥えた黒い鬣の獅子”の図柄に加え、テルメフタール崩御後に発見された、彼の近習が書き記した日記の記述から生まれた創作的な逸話だとされる説もある。
この近習の日記は公に認められたものではないのだが、その中に
“何故主上は大侯の殿を金の薔薇と呼ばせられましょう”と問うた近習に、答えて王
“予の執政は濡れて輝く金の髪と、上気さば薔薇色に染まる肌を有しておる故にて”
そう笑った
との記述があるからだと言うのであるが、如何せん、現在ではこの日記は紛失している為、真実はあくまでも藪の中である。
これに限らずテルメフタールは、この手のあらぬ妄想を煽る埒もない逸話に事欠かない。
だが、それは彼が正嫡四人に庶子三人を残し、彼が心酔したミナルディル王の若かりし頃に比肩する色好みで知られた王であった事と無縁ではないと思われる。
その中の一つにテルメフタールがサエルカムを都に残して出陣する際、無事帰還の守りとして、必ず彼から一房の金の髪を切り取らせ、それを身に着け戦に臨んだという逸話の金の髪は、実は頭髪ではないというものがある。
それは当時戦場に向かう兵達が、無事帰還の守りとして妻や恋人から切り取らせものと同じ個所のものだと言うのである。
王にまつわる伝承としては聊か品がなく、あくまでも噂の域を出ない逸話である為、真偽の程は定かではないが、何れにせよ、テルメフタールとサエルカムの縁はその様な噂を呼ぶほどに深かった事に違いない。
そしてそれが今日の如く玉座に王なきゴンドールにおいてさえ、執政と言えば王と切り離しては語り得ない存在として、王と執政の深い縁をゴンドール人の胸中に根付かせる一端を担った事に疑いの余地はない。
最後に今もその縁の深さをゴンドールの国人に深く印象付ける、テルメフタールとサエルカムにまつわる最も名高い伝承をここに付す事とする。
それはテルメフタールが即位して間もなくの頃の事である。
サエルカムが暴漢に襲われると言う凶事が起きた。
幸いサエルカムに怪我はなく、程なくして下手人は捕らえられた。
王家への大逆かとも疑われたこの凶行は、実際のところは懸想する婦人がサエルカムに熱を上げていた為袖にされたという下手人の逆恨みがその訳であると明らかになり、下手人が引き出された刑場の空気は弛緩した。
しかしこの時テルメフタールの怒髪天を衝く怒声が刑場全体に響き渡った。
「予の執政サエルカムは我が血と肉の一部である!
故に我が執政に仇成す者は、即ち予に仇成す者であると心得よ!」
その下手人を打ち首にせよ、と激怒する王をとりなしたのは執政である。
「どうかそのお怒りは我が身に受けさせ給へ。
我が血と肉は既に我が殿に捧げましたるものなれば、殿のお怒りもまた我が身の一部にございますれば」
その言葉に瞬時目を見張った王は次の瞬間
「我が金の薔薇よ!」
と破顔し、玉座を駆け降りると彼の執政を力の限り抱き締めたという。
これが予に名高い“獅子髪王と金の薔薇”の歌に歌われる伝説の逸話である。