がんばれ!ファラミア
~執政家に首ったけ~
宿業 4
デネソールにとってファラミアは、生まれる前より彼の長子、執政家の嫡男たるボロミアの為にある存在として定められた息子であった。
執政家の嫡男であるボロミアは、母・フィンドゥイラス同様西方の血に継ぐべき超常の力を何一つ受け継ぐ事なく、唯人としてこの世に生を受けた。
高位にある重臣達はそれを知るや否や、挙ってフィンドゥイラスに詰め寄った。
「すぐさま西方の恩寵に恵まれた第2子を」と。
重臣達は時の執政エクセリオンにも同様に上奏し、西方人の恩寵に恵まれぬ孫に困惑を拭い切れぬエクセリオン自身も苦り切った表情でそれを聞いた。
しかし息子に対し上奏を一考する様諭したエクセリオンにデネソールは
「執政を継ぐはボロミアをおいて他にはありませぬ。
次子を望むには及ばぬと存じます」
そう、頑として譲らなかった。
デネソールのその言に、西方の血に備わる力を恩寵と呼び、彼等自身西方人を父祖に持つ重臣達は、その力こそが古の尊き血の証である、とデネソールに迫った。
その力無き者を、いずれ還り給わぬ王に代わり国を統べたる執政の座に据えようたるは嫡男殿の傲慢である、と重臣達はデネソールを糾弾した。
これに、当時決起したばかりであった改革派の若い文史達が反発し、俄にゴンドールの内政が揺らぐ中、ファラミアは生まれた。
西方の血を濃く継ぐファラミアの誕生に依り、一旦は矛を収めたものの、重臣達はデネソールに遺恨を残した。
あくまでも西方の血に拘る彼等は、密かにファラミアを擁立しボロミア廃嫡を企てる動きに出たのだ。
しかしデネソールは妻が命を縮めて残した次男を、重臣達に利用させる気など毛頭なかった。
早々にファラミアを妻の実家であるドル・アムロスに送り、重臣達の動きを封じたのである。
その頃まだ5歳になったばかりであったファラミアを一人ドル・アムロスに送ったデネソールに対し、廷臣達の非難は集中したが、デネソールはそれらの非難を一切黙殺した。
その様にしてデネソールが目に見える形で示さなかったファラミアへの愛情は兄であるボロミアに肩代わりされ、兄が弟に注ぐ愛情の強さはそのまま弟が兄に抱く思慕の強さに変換された。
こうして兄弟の間に結ばれた絆は、過ぐる年の間に、より強く、揺るぎなく育った。
最早ファラミアが重臣達の神輿に担がれる事など有り得ないのである。
当の重臣達だけがそれを分かっていなかった。
それ故デネソールは、重臣達がボロミアの議会出席要請に承認を求める為執務室を訪れた時、表情を変えぬまま“ふん”と彼等に冷たい視線を向けた。
重臣達の見え透いた魂胆は片腹痛かったが、かと言ってボロミアの議会出席を拒むのも、普段出席せぬ議会にデネソールが臨席するのも好ましくなかった。
西方の血に拘る古き重臣達の中には、未だボロミア廃嫡を目論む者が熾の火の様に燻っているのだ。
彼等に口実を与えてはならない。
僅かな綻びからでも、彼等はデネソールを失脚させボロミアを追い落とす糸口を掴もうと窺っているのだ。
ならば議会の場にはファラミアを出せば良い。
周囲の者がどう思おうと、デネソールにとってファラミアは、自らの分身にも似た存在だった。
ファラミアに対して厳しすぎると評される事も少なくないデネソールではあったが、デネソール自身はファラミアへの処遇を厳しいと思った事はない。
事実デネソールがファラミアに与えた任はファラミアの能力にとって“過ぎる”程厳しかった事はない。
寧ろその能力を遺憾無く発揮出来る任に就けていると言えた。
そして何よりデネソールは、自らがそれを果たせる状況にあるならば、自らその役割を果たしたであろう任をファラミアに充てているのである。
然れば予算審議会に自ら臨席するに代え、重臣達が肩書きとして利用した執政家公子の立場で同じ権能をファラミアに充てれば良い。
ファラミアの能力を以てすれば、議会の場でボロミアに向けられるであろう論難を未然に握り潰す事など造作もないのだ。
「審議会の件、相分かった」
大侯の声に重臣達が口元に上らせた薄い笑みを見逃さずデネソールは
「但し審議会出席要請は公文書として発行し、ボロミアから正式の回答書を得よ。
然れば予が承認の印を与えよう」
そう言った。
重臣達の口元に上っていた薄い笑いが消え、表情が当惑に変わった。
「しかし公文書となりますと公子様の肩書きは…」
「執政を継ぐ身を肩書きと申すなら、執政家第1公子とでも記せばよかろう」
デネソールのその言葉に重臣達は互いの顔を見合わせて頷いた。
「承知致しました」
一礼して執務室を辞去した重臣達の中に、その時デネソールの口元に薄い刃の様な冷笑が刻まれている事に気付いた者はいなかった。
公に開示される公文書であれば、定例報告を含む議会開催日程公示の際それを入手するのは容易く、ファラミアの部下であればミナス・ティリスからヘンネス・アンヌーンに情報伝達に戻る折には間違いなく写しを持ち帰るであろう。
ファラミアがその文書を目にすれば審議会と同時期に日程調整した定例報告を名分にして、必ずやヘンネス・アンヌーンからこのミナス・ティリスへと戻る。
ファラミアが第2継承権を主張する事で、未だボロミア廃嫡を諦めぬ重臣達に口実を与える危険を冒す事を懸念するであろうとは予測出来る。
だがその点に付いてデネソールは危惧を抱いてはいなかった。
確かにファラミアが第2継承権を主張し議会に出席せしめれば、ファラミアを担ごうたる重臣達は内心ほくそ笑もう。
しかし一見柔和に見えるファラミアの、笑顔の下に隠された恐ろしさを目の当たりにすれば、寧ろその重臣達は青くなろう。
ファラミアの真実を知って尚、重臣達がこの次男を神輿に担ごうとはすまい。
重臣達が神輿に担げる程、ファラミアは軽くはないのである。
デネソールほどファラミアの意に通じる者はない。
だからこそデネソールは己の読んだ通りの図式で全体図を符号させる青図を引けるのである。
しかしそれ程に次男を解するデネソールにも、読む事が出来ぬファラミアの胸の内というものがある。
それは、目の色と髪の色を除く顔立ち以外、殆ど父に似るところがないと言われるファラミアの兄ボロミアに、実は驚く程父デネソールに似る気質があるのと反している。
そして殊色事に関して言えば、ボロミアは、おそろしく鈍いのである。